輝く茨城の先人たち


毛有の薬師堂
分野
産業
ゆかりの市町村
取手市
 
相馬二万石開発の功労者

 関東郡代(ぐんだい)として、江戸時代初期の民政に抜群の手腕をふるった。小貝川と鬼怒川を分離して(現つくばみらい市寺畑)、福岡堰の前身の山田沼堰や岡堰を設け、用水路や排水路を開削して谷和原三万石(現つくばみらい市)、相馬二万石(現取手市)を開発した。市内毛(け)有(あり)の薬師堂は、伊奈忠治が眼病となったときに、岡堰用水組合の村々の農民が病気が治ることを祈って建立したと伝えられ、現在でも取手開発の功績者として厚い尊敬を集めている。

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著者・作品等
参考文献 「取手市史」通史編供ぁ崙B緜史」通史編,「関東郡代」,「郷土歴史人物事典茨城」,「茨城の先人たち」
ゆかりのスポット 薬師堂(取手市毛有)*伊奈忠治が目を患ったときに,村人が病気平癒を祈願して建立したと伝えられている。境内には昭和33年建立の伊奈忠治顕彰碑がある。
先人の顕彰団体

茨城県生活環境部生活文化課

〒310-8555 茨城県水戸市笠原町978-6
TEL 029-301-2824 FAX 029-301-2848

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