輝く茨城の先人たち


開設当時の厚生病院
分野
学術, 産業, 政治
ゆかりの市町村
水戸市, 常陸太田市
 
厚生病院(国立水戸病院の前身)の開設者

 高校受験中に結核を患い,一時は進学をあきらめた自らの経験から,将来は医者になろうと決意する。  昭和4年,水戸市内に後に国立水戸病院となる厚生病院を開業,昭和11年には大洗海岸に,かねてより念願であった結核患者のためのサナトリウムである大貫海岸病院を設立し,当時不治の病と恐れられていた結核の治療に尽力した。  また,戦中期の困難な時期に貴族院議員及び水戸市長を務め,退任後には,日本原子力産業会議の相談役に就き,また,茨城原子力開発協議会を創設,会長として,当時全国唯一の原子力県であった本県において,原子力の平和利用に力を注いだ。  その後,昭和36年には,茨城県商工経済会会長にも就任するなど,本県政財界に大きな影響を及ぼした。

関連ホームページ 医療法人渡辺会
著者・作品等
参考文献 「茨城県大百科事典」,「水戸の先達」
ゆかりのスポット
先人の顕彰団体

茨城県生活環境部生活文化課

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TEL 029-301-2824 FAX 029-301-2848

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