茨城の民話Webアーカイブ

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乳草が池

チグサガイケ

原文

むかし下妻市高道祖の東の方に大きな池がありました。
池の周りには、背丈の高い草が生い茂り、村人もあまり近ずかない寂しい所でした。
ある日のこと、どこから来たのか、赤ん坊を抱いた女の人が池のほとりまでやって来ました。何か思いつめた様子で、ながいこと岸辺にじっとたたずんでおりました。
やがて、女の人は赤ん坊を草の上にそっと寝かせると、池の中へふらふらと入って行ってしまいました。
それからしばらくして、村の男が草を刈りにやって来ました。
せっせと仕事をしていると、どこからか赤ん坊の泣き声が聞こえてくるのです。
男はおどろいて仕事の手を止め、辺りを見回しましたが、人影すら見当りません。
草をかき分け、声のする方に近ずいて行くと、赤ん坊が捨てられていたのです。(こんなところに赤ん坊を置き去りにするなんて……かわいそうに。)心優しい男は、赤ん坊を家に連れて帰ることにしました。
ところが、男には赤ん坊に飲ませる乳がありません。
男はおなかをすかせて泣く赤ん坊のために、もらい乳をしたり、おもゆを作って飲ませたりしました。でも赤ん坊を育てるのに十分な量はなく、これから先どうしようかと、頭を痛めておりました。
そんなある日、男がいつものように池のほとりで草を刈っていると、草の切り口から白い汁がしたたり落ちました。
何気なくなめてみると乳の味がするのです。(これはありがたい。乳のかわりになるかもしれない。)男は小躍りして喜び、草を刈ると家に持ち帰りました。
その汁を赤ん坊に与えてみるとおいしそうに飲み始めたではありませんか。
それからというもの、男は毎日草を刈って来ては、その汁を飲ませました。
そして、赤ん坊はすくすくと育っていったのです。
この不思議な話は村中に広がり、いつの間にかこの池を「乳草が池」と言うようになったと言うことです。

 

市町村 下妻市
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P199 〜 P199
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

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