甚兵衛じいさんとキツネ
ジンベエ ジイサン ト キツネ
原文
むかし上岡(大子町)の山の麓に甚兵衛という年寄りのきこりが住んでおりました。ある日。じいさんがいつものように山で仕事をしていると、どこからかキツネがあらわれ、脱いでおいたじいさんの仕事着の下にもぐりこみました。
するとすぐ、鉄砲を持った猟師がやってきて、「じいさん、こっちにキツネが逃げてこなかったかな。」と聞くのです。
じいさんは、とっさに、「ああ、それならあっちへ行ったよ。」と答えました。
そして、猟師の姿が見えなくなると、そっとキツネを逃がしてあげました。
それからしばらくして、甚兵衛じいさんも年には勝てず、病気で寝込んでしまいました。
じいさんには、身よりがなかったので、山小屋で一人臥せっていると、ある日、若い娘があらわれ、看病を願い出て、世話をし始めたのです。
「どこのお方か思い出せないが、世話をかけてすまんのう。」
と、じいさんがいうと、「私は、おじいさんに命を助けてもらったものです。
この程度で申し訳ありません。」というのです、
しばらく、じいさんを見かけないので心配した里の人が様子を見にいくと、かいがいしくじいさんの世話をしている若い娘の姿がありました。
でも、じいさんは娘の必死の看病のかいもなく、亡くなってしまいました。
それを聞いた里の人たちは、甚兵術じいさんの亡きがらを引き取り、山に手厚く葬りました。
里の人たちは、「ところで、じいさんの世話をしていた娘は、いったい誰だったんだろうな。」
「そういえば、じいさん、キツネを助けたことがあるって話してたな。そのキツネがじいさんに恩返しをしたのかもしれんな。えらいもんだ。」などとうわさをしながら山を降りていきました。
この話によく似た話が那珂町の額田にも残っています。
市町村 | 大子町 |
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原文著者 | 染谷 萬千子 |
原文著者(ヨミ) | ソメヤ マチコ |
生年 | 1947年 |
原文著者備考 | 1947年茨城県ひたちなか市生まれ 茨城大学教育学部美術科卒 1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。 1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展 1983年 水戸で第二回個展 1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展 |
原文著者 | 茨城いすゞ自動車 |
原文著者(ヨミ) | イバラキ イスズ ジドウシャ |
原文著者備考 | 発行 |
原文著者 | 朝日広告社茨城支局 |
原文著者(ヨミ) | アサヒコウコクシャ イバラキシキョク |
原文著者備考 | 企画 |
媒体 | 図書 |
収録資料名 | ふるさとの昔ばなし |
収録資料名(ヨミ) | フルサト ノ ムカシバナシ |
収録資料シリーズ名 | 茨城の自然探訪シリーズ |
民話ページ | P167 〜 P167 |
収録資料出版社 | 茨城いすゞ自動車 |
収録資料出版年月日 | 2000.10.31 |
言語 | 日本語 |
方言 | 標準語 |
備考 | 非売品 |