茨城の民話Webアーカイブ

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身代りになった絵馬

ミガワリ ニ ナッタ エマ

原文

村松(東海村)は、松の名所として知られ、徳川斉昭が「村松晴嵐」と名付けて水戸八景の一つに選定した景勝の地です。
また、ここには、「十三詣り」で全国に知られた日本三虚空蔵尊の一つ、村松虚空蔵尊があります。
むかしは、このあたりの海岸から、真崎浦の奥の方まで、うっそうとした松や雑木の林が広がり、キツネや夕ヌキ、イノシシなど、野生の動物がたくさんすんでおりました。
でも、この動物たちが、時々、近くの畑に出ては農作物を荒らしたり、家畜に害を加えて、村人を困らせていたのです。
ある時、何度も被害にあった男が、我慢できず、とうとう鉄砲を持ち出して動物を退治し始めたのです。
しばらくして、男は、何頭かの動物を仕留めた後を見てまわっているうちに、畑にくっきりと残っている馬のひずめのあとを発見したのです。
(大変なことをしてしまった。まちがえて馬を撃ってしまったのかもしれない。)
男は、とにかく虚空蔵尊におまいりをして、過ちを詫びるしかないと考えました。ところが、虚空蔵堂の前にきて、男はびっくり。
自分が五穀豊穣を願って奉納した絵馬に、鉄砲の弾が撃ち込まれていたのです。
(奉納の絵馬が、野生動物の身代りになったのか……。)
男は、それ以来、鉄砲を捨て、二度と殺生はせず、農業に励んだということです。

 

市町村 東海村
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P140 〜 P140
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

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