茨城の民話Webアーカイブ

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弁慶の運んだ釣鐘

ベンケイ ノ ハコンダ ツリガネ

原文

むかし、国分寺のお坊さんが、夏海(大洗町)の鹿島神社の近くを通りかかったときのことです。村の子供たちが白蛇をつかまえていじめているのです。
お坊さんは、「白蛇は神さまの使い。逃がしてあげなさい。」と言って助けてあげました。
この白蛇は、鹿島神社の主だったのです。しばらくして、白蛇は、姿をかえてお坊さんの前にあらわれ、「命を救ってくれたお礼に、国分寺に鐘を寄進しましょう。」と言うのです。
鐘は男鐘女鐘の二つの大きな釣鐘でした。
鐘をつくるため諸国を旅していたお坊さんは大喜び。そこで府中(石岡市)まで鐘を運ぶことになったのが武蔵坊弁慶でした。
力持ちの弁慶は、二つの鐘を荷車にのせると、府中に向けて出発しました。
ところが、さすがの弁慶もその重さに手こずったばかりでなく、途中重みで車の心棒が折れて直さなければならなかったりで、たいへん苦労して運んだのでした。
途中の旭村には、「七日原」、「八日堤」という地名があり、これは弁慶が、村の入り口の沢尻から上太田まで七日、さらに大谷川をこえて田崎までが八日かかったということからつけられた地名なのだそうです。
また、田崎の「こみ折れ橋」は、そこで弁慶のひく荷車の心棒(コミ)が折れたことに由来する名前だと言われています。

 

市町村 鉾田市
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P104 〜 P104
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

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