茨城の民話Webアーカイブ

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法身国師

ホッシン コクシ

原文

むかし、真壁城主・真壁時幹は、法身国師という有名なお坊さんをお城にまねいて、仏の話を聞くことにしました。
法身国師は、北条時頼の頼みで、松島の瑞巌寺を再建したり、津軽に法蓮寺を開いた高僧でした。
法身は法話を終えると、時幹に向かって、「殿はすっかりお忘れでしょうが、私は昔、平四郎と言い、殿の召し使いをしておりました。ある冬の寒い日、私が殿の下駄をふところであたためてお出ししたところ、その下駄で額をなぐられたことがありました。私が下駄の上に腰をおろしていたと思い違いをなされたのでしょう。私は、その時、殿をうらみ、偉くなって、いつか見返してやろうと決心し、出家したのです。それももう何十年も前のこと。
今は、殿になぐられたことに感謝しています。あのことがなかったならば今の私はないのですから……。」と言うのです。
時幹は、この話を聞いて大そう驚き、昔の無礼を心から詫びました。
そして、法身国師のために、天目山照明寺を建立したという話です。照明寺は後に、浅野家が笠間城主の折、菩提寺となり、伝正寺と改名されました。

 

市町村 桜川市
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P89 〜 P89
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

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