茨城の民話Webアーカイブ

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妙法寺の水引き地蔵

ミョウホウジ ノ ミズヒキ ジゾウ

原文

岩瀬町本郷の妙法寺には、水引き地蔵のお話が残っています。むかし、このあたりの人は、山の方から流れてくる小川の水を引いて稲づくりをしておりました。
雨の少ない、水不足の年のことでした。上の田の長者は、この川の水門を閉じ、下の田の方に水を流さないようにしてしまったのです。困ったのは、下の田の人々です。このままでは、田は干上がり、稲は枯れてしまいます。下の田の人々は、なすすべもなく水の無い田の前に立ちつくしておりました。
ところがある日、下の田にも水が満々とあふれているではありませんか。驚いたのは、上の田の長者です。早速、見張りをつけると、思った通り、闇にまぎれて水門をあけている者がおりました。次の晩、弓のうまい家来とともにひそんでいた長者は、水門をあける人影に向かって矢をはなちました。矢は兄事に命中しました。"しめた"とばかりに、長者たちが後を追うと、どうもお寺の小僧のようにも見えるその姿が、妙法寺の本堂の中に入ってゆくではありませんか。しかし、長者たちが中に入ってみると、どこにも小僧の姿はありません。ふと、顔をあげ、ご本尊に目をやると、何とご本尊の胸に矢が刺さっておりました。下の田の人々のために水を流していたのは、妙法寺のご本尊だったのです。上の田の長者は、自分の過ちを恥じ、それ以来、水門を閉じるのはやめたということです。

 

市町村 桜川市
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P38 〜 P38
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

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