茨城の民話Webアーカイブ

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井の中の蛙は世間知らず

イノナカノカワズ ワ セケンシラズ

昔話

動物が登場するおはなし

再話文

この話は古河市に住んでおられた方から聞いたお話だそうです。
むかしむかし、今は渡良瀬川に沈んでしまった悪戸(あくと)の沼に一匹のカエルがいました。
カエルは近くを飛んでいる大きなトンボに話しかけました。
「トンボさん、君はいいねえ。羽があるからどこへも飛んでいけて。世間ってものはさぞかし広いんだろうね。そして面白い話をたくさん知っているんだろうね。僕はこの沼で生まれてずっと出たことがないので、世間知らずなんだ。ちょっと羽を休めておもしろい話を聞かせてもらえないかい?」
するとトンボはカエルのそばにある腐った杭に止まりました。これだけ高い所にいれば、カエルが跳びかかってきて餌食になることもないだろうと思ったからでした。
そしてカエルの様子をうかがいながら話し始めました。
「そうだなあ、俺が今まで行ったところでは江戸が一番賑やかなところだった。人間の多いのにはたまげてしまったが、夕暮れ時になって街の中を飛び回ってみたんだ。すると人間たちは何をしているんだか。家の中を煙だらけにしてみんな表に出ているんだよ。※1 子どもたちは長い竿を持って俺たちを捕まえようと狙っているんで危なかった。それなので子どもたちも来ない川辺に行ったのよ。そしたら大きな蚊柱が立っていたんで、おかげで腹を減らすことはなかった。江戸ってところは食うに困らないところだ。お前も一度行ってみたらいいよ。だがな、江戸へ行くんだったら気をつけろよ。図体の大きな馬でも生き馬の目を抜かれるっていうからな。※2 お前の目玉は飛び出しているから、目玉だけは気を付けて行ってこいよ。」トンボはそう言ってスーッと飛び立ってどこかへ行ってしまいました。
それから幾日か経ちました。カエルは江戸へ行ってみたいと思い立ちました。そして人通りの多い街道まで出てきました。江戸はどっちの方角なんだろう?それすら知らないカエルは街道沿いに立つ松の根元にひそんであたりを見渡していました。すると久助という馬子が馬をひいてやってきました。久助はカエルのいる松の木に馬をつないで腰を下ろしました。そして煙草入れを腰から抜いてキセルをプカプカふかし始めました。カエルがおそるおそる覗いてみると久助は大きな口から煙を吐き出していました。カエルは、
「トンボは家の中から煙を出すなんてウソをついたな。煙は人間の口から出すんだな。きっとトンボは高いところを飛んでいたから、よく見てこなかったんだろう。」
そう思いました。
しばらくすると街道をてくてくと歩いてくる人がいました。久助はパッと立ち上がるとその人のそばに寄っていきました。カエルが二人の話に耳を傾けみると江戸だとか言っていました。きっとこの人は馬に乗って江戸に行くんだろうと思いました。歩いてきた人は馬にまたがり、久助は馬の鼻をなで「さあ、行くぞ」と馬を引き出しました。
カエルはこの馬にしがみついていけば江戸まで行ける!そう思い、馬の尾っぽに飛びついてしっかりしがみついていくことにしました。
やがて江戸に着いたのか、トンボの言った通りたくさんの人たちが歩いていました。馬はいつも停まる立場※3 の前までくると長い道中しっぽに違和感があったのを我慢してきたせいでヒヒーンといなないてカエルを振り落とそうと暴れ出しました。久助は馬をしずめようとしましたが、カエルは落ちず、お客さんがドテンと落っこちてしまいました。それを見ていた人たちが笑ったんで、お客さんは腹を立てて馬賃も払わずに怒って行ってしまいました。久助は馬賃がもらえなかったことに腹を立てて馬のお尻をぶったたきました。するとカエルがしっぽから転がり落ちました。久助はカエルを捕まえて「お前が馬にいたずらしたんだな。」と言って地べたにたたきつけました。たたきつけられたカエルはこのままでは殺されてしまう、と死んだまねをしました。
久助はまだまだおかんむり。カエルを踏みつぶしてしまえと、片足を上げました。踏みつぶされてしまっては一巻の終わり。カエルはポンと起き上がって、後ろ足で思い切って跳ね飛びました。
ところが、カエルが跳んだ先は暗い穴。そしてそこには水がありました。そこにポチャーンと入ってしまったのです。
カエルは言ってしまったのは立場の井戸で、悪戸の沼を出てきたカエルは江戸までやってはこれたものの、江戸に着いた途端、井戸の中へ落っこちてしまいました。
それでカエルは江戸見物どころか、一生その井戸の中で暮らす羽目になってしまったのだそうです。だから井の中の蛙は世間知らずというのだそうです。
おしまい。

※1:夕飯の支度をしているから。
※2:「生き馬の目を抜く」はすばしっこいさま。江戸っ子は「生き馬の目を抜くくらいせっかち」という話をトンボが勘違いしている。
※3:宿場町の入口付近にある休憩所、馬や人力車の発着所だった。

 

市町村 古河市
旧市町村 古河市
原文著者 本アーカイブのための書き下ろし
原文著者(ヨミ) カキオロシ
媒体 その他
収録資料名 本アーカイブのための書き下ろし
収録資料名(ヨミ) カキオロシ
収録資料出版年月日 2019
方言 標準語
備考 本作品は、以下の作品を参考にして書き下ろしたものです。
参考:古河市史編さん委員会編 古河市史 民俗編 古河市 1983.03 pp.973-975 V言語伝承第1章「伝説と昔話」 16 井の中の蛙は世間知らず
   原話話者 古河市鷹匠町 田代房春(1918生)

このおはなしが伝えられた地域