茨城の民話Webアーカイブ

ヘッダーライン
あいうえお順検索
くわしい検索
ライン

検索結果にもどる

からくり伊賀

カラクリ イガ

原文

あるとき村人が谷田部の名主を務める飯塚家の前を通りかかると、突然門が開いて、中から人形があらわれました。
人形は、門を出ると、村人に向かってまっすぐに進んでくるではありませんか。
村人は、びっくりして、逆の端に飛び退き、じっと見ていると、人形は道を横切り、斜向かいの酒屋の前で、ピタリと止まったのです。
酒屋の主人は、慣れた手付きで、人形の持ってきた酒びんに酒を入れ、クルリと向きを変えてやりました。
すると、人形は、また、カタカタと音をたてながら飯塚家に戻っていったのです。
それは、「からくり伊賀」と異名をとる名主の伊賀七が作ったものでした。
「へぇー、いつも人形が酒を買いにくるのかい。」と主人に聞くと、「そう、良くできてましてね。酒の量がほんのわずかでも少ないと、あの人形ときたら全然動かないんですから、うっかりごまかせませんよ。」と、笑いながら答えました。谷田部が生んだ大発明家「からくり伊賀」は、飯塚伊賀七といい、江戸時代の後期に、名主を務めるかたわら、機械や建築の研究を続け、世間を驚かすようなからくりをたくさん作ったと伝えられています。
「自動人形」の他、太鼓や鐘を鳴らして時を知らせ、門の開閉を行う「木製大時計」、「木製自転車」の製作や「飛行機」の試作までもしたということです。
伊賀七の飛行機は、ペダルを踏むと何枚かの翼が動くもので、筑波山から谷田部まで飛ぶ計画をたて、藩に飛行願を出しかところ、「お殿様の頭の上を飛ぶとはもってのほか」などという理由で許しが出なかったそうです。
つくば市谷田部の飯塚家には、伊賀七設計の正五角錐の建物「五角堂」と、一部復元された「木製大時計」があります。

 

市町村 つくば市
原文著者 染谷 萬千子
原文著者(ヨミ) ソメヤ マチコ
生年 1947年
原文著者備考 1947年茨城県ひたちなか市生まれ
茨城大学教育学部美術科卒
1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。
1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展
1983年 水戸で第二回個展
1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展
原文著者 茨城いすゞ自動車
原文著者(ヨミ) イバラキ イスズ ジドウシャ
原文著者備考 発行
原文著者 朝日広告社茨城支局
原文著者(ヨミ) アサヒコウコクシャ イバラキシキョク
原文著者備考 企画
媒体 図書
収録資料名 ふるさとの昔ばなし
収録資料名(ヨミ) フルサト ノ ムカシバナシ
収録資料シリーズ名 茨城の自然探訪シリーズ
民話ページ P152 〜 P152
収録資料出版社 茨城いすゞ自動車
収録資料出版年月日 2000.10.31
言語 日本語
方言 標準語
備考 非売品

このおはなしが伝えられた地域

資料スキャンデータダウンロード