黄金千両 朱一斗
コガネ センリョウ シュ イット
原文
むかし、まだあちこちで、いくさがたえなかったころのこと、ある大将が、家来をひとりつれて上郷(現在の岩間町大字上郷)の山奥に入り、軍資金の一部をひそかにうめさせました。
そのとき、あとでうめた場所がわかるようにと、暗号文のようなものをつくり、ふもとの寺の和尚さんにこっそりあずけていきました。
それからしばらくして、いくさがおさまると、村人の間で、「西に夕日がしずむとき、ナラの木かげ二、三丁 黄金千両 朱一斗。」とか「朝日さす夕日かがやくサクラのもと、黄金千両 朱千ばい。」といったふしぎなことばがささやかれはじめました。軍資金のうわさがだれからともなく広まっていったのです。でも、だれひとりとして黄金を掘りあてることはできませんでした。
ある日、ふもとの村人が朝つゆをふみながら、馬をひいて山の草かりに出かけました。いつもの木に馬をつなぐと、サッサッ、サッサッと草をかりはじめました。
わき目もふらず、しばらくかり進むと、草をたばね、馬につけようとしました。
ところが、つないだはずの馬が、どこにも見当りません。山の中をあちこちさがしてまわりましたが、とうとうみつかりませんでした。
日も暮れかけたので、重い足を引きずり、もとの場所にもどってくると、うしろ足をまっかにした馬が、そこに立っておりました。けがをしてきたのかと、びっくりして近づいてみると染ものに使う朱がべっとりとついていたのでした。
あくる朝、この話は、村の人たちの間に、またたくまに広まり、「きっと朱のつぼで染まったにちがいない。あの軍資金の話は、やはりほんとうだったのだ。」色めきだった人々は、われもわれもと山に登っていきました。
朱に染まった馬の足あとをたどりながら、ここぞというところをすみずみまでさがしてまわりましたが、とうとうだれも何ひとつみつけだすことができませんでした。
ひょっとしたら、まだ黄金千両と朱一斗は山のどこかに……そんなロマンをいだかせる言い伝えです。
市町村 | 笠間市 |
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原文著者 | 染谷 萬千子 |
原文著者(ヨミ) | ソメヤ マチコ |
生年 | 1947年 |
原文著者備考 | 1947年茨城県ひたちなか市生まれ 茨城大学教育学部美術科卒 1973年から1999年まで約26年間朝日広告社茨城支局に勤務し、新聞広告他制作を担当。1981年から茨城の自然探訪シリーズ「ふるさとの昔ばなし」を制作。現在も継続中。余暇には、旧姓岩谷萬千子で版画・アクリル画の政策に取り組む。 1977年 日本板画院展新人賞受賞 水戸で第一回個展 1983年 水戸で第二回個展 1990年 いすゞギャラリーで「ふるさとの昔ばなし」版画展 |
原文著者 | 茨城いすゞ自動車 |
原文著者(ヨミ) | イバラキ イスズ ジドウシャ |
原文著者備考 | 発行 |
原文著者 | 朝日広告社茨城支局 |
原文著者(ヨミ) | アサヒコウコクシャ イバラキシキョク |
原文著者備考 | 企画 |
媒体 | 図書 |
収録資料名 | ふるさとの昔ばなし |
収録資料名(ヨミ) | フルサト ノ ムカシバナシ |
収録資料シリーズ名 | 茨城の自然探訪シリーズ |
民話ページ | P85 〜 P85 |
収録資料出版社 | 茨城いすゞ自動車 |
収録資料出版年月日 | 2000.10.31 |
言語 | 日本語 |
方言 | 標準語 |
備考 | 非売品 |